阪田史郎先生 元NEC研究所所長/元千葉大学 工学部 情報画像工学科
◆先生ご自身のご研究をお教えください。
幾つかテーマがありますが一例を紹介します。
・スマートグリッドの一テーマ「スマートメータリングのための無線センサネットワークの設計と解析(省電力・高密度・低通信遅延・高信頼ルーティング、プロトコル)」
スマートメータリングは、家庭での消費電力をリアルタイムに発電所側に無線で送り電力の供給量を最適に制御します。電力会社も強力に推進しようとしている技術です。最適なスマートメータリングが実現すると現在の供給電力を半分近くに減らすことができ、現在人が行っているメータの測定費用は劇的に減少(1/10以下と言われている)。私たちが支払っている電気料金も半分以下になります。電力量の削減で発電と送電に伴うCO2排出量も半分近くに減らせ環境・省エネ効果も大きいのです。同様の技術は電力だけでなく、水道やガスの社会インフラにおいても適用できます。
研究としては、「仮説」を立て、対象地域の面積や形状、無線通信特性に応じたセンサや収集ノードの配置、ルーティング方式、プロトコルによる消費電力、通信遅延、信頼性について理論解析してその限界を求めます。そして、求めた性能限界にできるだけ近づけるための方式を探求・提案し、その実現性を確認するために、ある程度広域のセンサネットワークの開発(ハード、ソフト)や、シミュレーション、実際にキャンパスを利用した測定実験により実証を行います。
◆先生は、研究テーマをどのように見つけたのかを教えてください。
主に企業(NEC)の研究所で、1990年代中頃の、マルチメディアやモバイル、ブロードバンドの当時の中心技術が浸透し始めた頃に、今後10~20年後を考えた時に、ICT分野で世の中の役に立ちそうな技術を模索することで、試行錯誤の末辿り着きました。工学出身で企業人でしたので、研究開発した技術が企業の売上げにもつながり、かつ「世の中の役に立つ」が第一義です。
役に立つのは、防犯・防災、医療・健康、環境・省エネ、農業、教育、物流、製造・生産、金融何でもよいですが、これらの応用分野と、「自分の興味あるいは得意なこと(ネットワーク関連のものづくり・設計、理論解析、シミュレーションなど)」との共通項を見つけた時に、何となくセンサネットワークやユビキタス(今のM2M/IoT)に結びつきました。約5年後の21世紀になった頃に、これからは「ユビキタス時代」と世の中が騒ぎ始めたのです。
つまり、モットーとしてきたのは、聞こえは良いのでおこがましいですが、世の中を先取りすることです。第1回の終りに挙げた、先見力ということです。先見力はあらゆる分野で重要であることは言うまでもありませんが、特に技術革新のスピードが速いICT分野では必須の能力と思います。
◆先生が指導されている学生の研究テーマ・卒論テーマ、大学院生の研究テーマを教えてください。
・スマートメータリングにおける広域メータ情報収集制御方式
・モバイルアドホックネットワークにおける通信量を考慮した消費電力公平化経路制御
・クラスタツリー型無線センサネットワークにおける省電力・高信頼化のための適応的アクティブ制御方式
・指向性無線通信における最小処理間隔に基づく受信機会制御による優先制御方式
・テザリング環境における受信機会制御を用いた輻輳制御方式
・スマートメータリングにおける電力残量を考慮した中継ノード選択方式
・省電力基地局を用いたクラスタ分割型無線LANメッシュネットワークの提案と評価
・センサネットワークにおける総スループット向上のための動的タイムスロット割当て方式
◆先生のゼミや研究室の卒業生は、どんな仕事をされていますか。
ほとんど、NTT、日立、野村総研、キャノン、ソニーなどに就職しています。大企業に偏るのはあまり好ましくないと思っていますが。研究や製品開発、SE関連の業務が多く、研究室で学んだ内容を第一線で生かせている人が多いです。
研究室で学んだことが仕事に生かされるのは本人たちには入社当初はハッピーですが、視野を広める意味ではあまりよくないと思います。若いうちに視野を広げておいた方がよいと思います。私の場合は研究でしたが、先輩からの助言もあって、常に事業部門や社会が必要としそうな技術とは何なのかと自分に問いかけながら、次の新しい研究テーマの探索に心がけ、幾つかのテーマにチャレンジしました。視野が狭いと企業で業務が大きく変わったりした時に挫折することがあるので心配です。この分野は活躍できる仕事が多いとはいえ企業は変化が激しいからです。
自分を振り返ってみて言えることですが、生涯ではいろいろな仕事に就き、複数の専門分野に精通することで視野が広げることは重要です。さらに、それぞれの業務で出会った先輩・同僚、顧客などとの人付き合い、人脈作りも重要です。人のつながりは、難しい局面に立たされた時や新しい業務や研究テーマに取組むときに、大きな助けになることが多いと思います。
◆高校時代は、どのように学んでいたか、何に熱中していたかを教えてください。
結局、高校時代に想定していた分野に比較的近い分野に進んでしまいましたが、その辺のことについてお話しします。小学校高学年から中学時代にかけては小説を読むのが好きで、文学少年的な面影もありました。しかし、高校時代に一変、なぜか難解な数学の問題を解くことに興味が移り、『大学への数学』(東京出版)の懸賞問題に毎月応募しよく高得点で名前が出るようになりました。数学にはそれなりに自信を持ち始めたようです。
しかし、理数系全般が好きだったかというとそうではなく、手先が不器用で小さい頃から工作や機械いじりなどの経験が全くなかったこともあり、物理、化学に対する興味は今一つで、実験や実習、実技的な授業は不得意でした。ただ、物理は活字の上では興味が持てて、当時発行が始まった講談社のブルーバックスの書物などをたくさん読み耽った記憶があります。当時はまだ科学分野のシリーズ的な読み物はほとんどなく、単行本も含め興味が持てそうな科学書を探しに本屋によく行っては、長時間立ち読みしたことを覚えています。
性格が心配性というのもあって、当時から将来の職業に漠然と不安があり、数学の力を生かせていける職業についていろいろ思い巡らせていました。当時はコンピュータの民間利用の勃興期で将来は花形産業になるというようなことが言われ、自分が企業に就職する頃にはコンピュータ分野できっと自分の力を生かせる仕事が見つけられると勝手に思い込み淡い期待を抱いて、自分を慰めていました。
◆高校生が、この業界の企業の技術、業務やそこで求められる知識(学問)、スキルに関する課題研究や学習をするとして、どんなテーマ・課題があるでしょうか。
スマホ/タブレットやパソコン、ウェアラブル機器(眼鏡型でも腕時計型でもリストバンドみたいなものでもよい)、ロボット、ゲーム機、自動車、家電などの、中身や正しく動く仕組みがどうなっているか。これらの機器同士が無線でつながって(バックに有線網があってもよい)様々なセンサからの情報を認識・感知したり、その情報を通信したり、収集した情報を分析し判断を下したり、センサ群にフィードバックしセンサ群を制御したりすることで、どのような「世の中の役に立つ」ことができるかを考える。いろいろ調べてどのような技術が関係しているか漠然と考えてみましょう。
おわり
『スッキリ!がってん!無線通信の本』
阪田史郎(電気書院)
高校の物理と数学の知識だけで無線の原理から応用までを理解できるようにわかりやすく書きました。無線通信のM2M/IoTへの応用についても最新の内容をできるだけ書いていますので、この分野を目指す人には役立つと思います。
『M2M無線ネットワーク技術と設計法 スマートグリッド・センサネットワーク・高速ワイヤレスが実現する未来ICT』
阪田史郎(科学情報出版)
専門書です。M2M/IoTは今後30年間、ICT分野で最も高い成長率で、最も激しい技術革新を起し、最も大きな市場を生み出すと言われています。そのM2M/IoTを実現するための無線ネットワークの種類、特徴、最先端技術などを詳しく解説。阪田研究室の研究成果も紹介しています。