味の素株式会社
食品研究所 商品開発センター 坂下俊行さん
※所属・肩書は取材時のものです。
ここ10~20年の食品業界の最も大きな変化は、食の安全性に対する関心の高まりでしょう。かつて、食の原材料の流通経路で私たちがさかのぼれたのは問屋までで、そこから先どこまで辿れるかということについては難しいものがありました。それが、最終の原料・原産地まで「見える化」されるようになりました。ITネットワークの進歩も大きな要因ですが、ひとつの原料を先の先まで調べる業務の仕組みができるようになったことは、画期的な変化だと思います。
味の素の「クノールカップスープ」に使っているコーンは、北海道の契約農家が栽培しています。これも原料の「見える化」の一つですが、その契約農家に、コーンの品種や栽培方法まで私たちが指示しているのです。そうなると農学系の育種学の人材が求められます。またそのような材料の仕入れには、流通の仕組みを知る農業経済の学問も新たに必要になってきています。
昨今の食のキーワードで重要なものの一つに、少人数世帯化・高齢化があります。そうした時代ニーズに対応したものとして「鍋キューブ」という商品があります。キューブ1個が一人前なので少人数世帯でも人数に合わせて作りたいだけ自在に量を調整できる、というコンセプトによって、ヒット商品となりました。
「鍋キューブ」の試作過程にはいろいろな苦労がありました。まずあの小さなサイズですが、研究所でいろんな形のものを作って、調理をしながら片手でキューブをつまめるサイズに決めました。それはなんとかクリアしたと思ったら、今度は、鍋キューブの品種によってキューブの形に固まらないとか、固まったけど全然溶けないなど、製造上の問題点が次々に明らかになりました。
ここでも問題のクリアに役立つのは、先ほど申し上げた粉末を工学的に扱う粉体工学の力です。このようにして、新商品1品種について50~100の候補品を試作しながら、ひたすらトライ&エラーを繰り返すことになるのです。
その中で苦労する点の一つは、原料の安定供給ができるかという問題です。よいものを少しだけ作れる原料ではダメなのです。何年も先まで安定的に供給できるということがはっきりしていないといけません。ここでも課題になるのは、大量生産のためのスケールアップです。その方法についてロジカルに考えることができることが、すごく大事になってくるのです。
『もの食う人びと』
辺見庸(角川文庫)
著者がアジア、東欧、アフリカ、ロシアなど各国を巡り、そこに住む人々に取材すると同時に同じものを食べ、その背景に迫るノンフィクション。チェルノブイリ原発の近くで放射能に汚染された物を食べ続ける人々、バングラデシュの残飯ビジネス、内戦中のソマリアにおける各国軍の食事など、極限環境下の食生活が描かれる。「食べるものの質が生活の質なのだ」ということを常に思い出させてくれる。
『銀の匙 Silver Spoon』
荒川弘(小学館少年サンデーコミックス)
農業高校を舞台にした漫画。人は何かを殺さなければ食べ物を得ることができない、という厳粛な真実と、食物への感謝の気持ちをまっすぐに描いている。