株式会社ニッキ元社員
松尾宏さん
エンジンに、ガソリンやLPG、CNGなど、燃料と空気を送り込む装置などを製造・販売する株式会社ニッキ。同社に長年勤め、キャブレターの実験、信頼性試験、設計、品質保証、工程改善、物質材料調査など様々な仕事に携わってきた松尾さんに、経験した仕事をもとに、自動車産業の仕組みや技術、さらには技術者としての必要な学問や心構えを伺いました。
※おススメ本は『理科年表』(国立天文台:編)
私が勤めていた株式会社ニッキは、1932年創業の自動車および航空機用キャブレターを供給する株式会社日本気化器製作所を前身とする、エンジンの燃料供給システム機器等を製造販売する会社です。
キャブレターというのは、ガソリンと空気を混合してエンジンに送り込み、車を発進させる、スピードを出すといった性能を制御するための装置で、現在の自動車ではキャブレターに代わって燃料噴射装置(フューエルインジェクション:略してインジェクタ)が採用され、電子制御されています。
なお、キャブレターは現在でも乗用草刈機に搭載されて主にアメリカで使われており、車載用の小型発電機にも採用されています。モーターボート用もあり、ヤマハで使用されています。
さて、ニッキを含む自動車業界というのは、自動車メーカーをトップとした、何層もの企業からなる産業構造をしています。東日本大震災後にトヨタがどのような協力企業があるのか遡っていったところ、従来言われていたピラミッド構造ではなく、紡錘型になっていることがわかりました。つまり、鉄、アルミ、銅、ゴム、ガラス、樹脂等、部品の材料を提供する企業は、数社に限られるのです。
自動車メーカーの研究開発
どんな会社が自動車製造のどの階層を担っているか説明しましょう。まず、トヨタ、日産といった自動車メーカーは、モーターショウに出展するような未来カーやコンセプトカー、あるいは燃料電池車、電気自動車、ハイブリッドカーといった次世代の自動車、自動運転や自動停止などの新技術の研究開発を行っています。
また、現行車のモデルチェンジに向けて、例えば性能と燃費の向上のために軽量化を目指し、材質のアルミ化、樹脂化などや設計によるコンパクト化の研究を進めています。
車全体のスタイルは風洞実験(発生させた流れの中に試験車などを置き風圧実験する)や衝突試験等で決まっていきますが、最近はデザイン性を優先し、空気の流れ制御については、例えば空気の抵抗を減らすボルテックスジェネレーターという突起物やスポイラーという揚力を減らす部品を、車体に取り付けたりします。
自動車は国際商品でもあるため、仕様は、輸出先の法規、例えば排ガス規制や燃費規制に準じたり、アメリカならマイル表示したり、あるいは熱帯や寒冷地、砂漠や非舗装地域向けなどそれぞれに対応していきます。
テストコースでの走行実験でエンジンの仕様が決定
仕様がある程度固まり試作が作られると、実車によるテストが始まります。自動車メーカーは実験のためのグラウンドを持っており、舗装路だけではなく石畳やラフロード、あるいは急坂など様々な道路条件のテストコースで走行テストを行いますが、基本的には企業秘密になっています。
ほかに耐久試験や衝突試験のための実験室がある場合があります。最近の開発は、コンピューターでシミュレーションすることが多くなっていますが、複合の力がかかった場合の挙動は、実車で試さないとわからないことも多いのだそうです。
私が実験に携わっていた1970年頃、キャブレターの場合は、走行実験で、自動車のトップギャーでの、20、30、40、50、60、70、80、90、100km/hの様々なエンジン回転速度とインテークマニホールド(エンジンの燃焼室に空気を導入するための管)の吸入負圧(-300mmHg等)が計測されて自動車メーカーからニッキへ伝えられ、その結果をもとにエンジンの仕様が固められました。
このとき、図面ではエンジン内部の部品の配置がほぼ決まります。キャブレターだけではなく、エンジン本体、変速機、その他多くの補器類があるため、限られたスペースの奪い合いでしたね。
理科年表
国立天文台:編(丸善出版)
天文、気象、物理、化学、地学、生物、環境について収録。毎年更新され創刊より90冊目になります。新元素「ニホニウム」発見や人工知能が囲碁でプロ棋士に圧勝といった、その年の最新トピックスもわかります。
元素図鑑 宇宙は92この元素でできている
エイドリアン・ディングル 若林文高:監 池内恵:訳(主婦の友社)
周期表をベースにして物質を理解し、将来、ステンレス鋼や真鍮、金製品が何と何の合金なのか、製造業で禁止物質は何かといった事柄を理解する手助けになると思います。