産業界の情報人材ニーズと大学からの人材輩出のミスマッチ

―内閣府e-CSTIデータを活用し、「未来人材会議」でも取り上げられた分析―

宮本岩男氏 経済産業省商務サービスグループ参事官

宮本岩男氏:2018年10月~2021年6月、内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付参事官に着任し、関係省庁、関係機関におけるEBPM、EBMgt推進のためのエビデンスシステム(e-CSTI)を立ち上げた。2021年7月より現職。


DX時代と叫ばれる中で、その利用者のみならず、そのインフラ等支える担い手までもが、情報分野を、十分学んでこなかった人材に占められているとは指摘されるところです。そんな中、経済産業省で産業界ニーズと大学の人材輩出のギャップの問題を指摘し、その開発した手法に基づき、内閣府・総合科学技術イノベーション会議において、エビデンスシステムの立ち上げを主導した、経済産業省参事官の宮本岩男氏によって独自の分析が試みられました。

 

この分析は、22年5月に、未来人材ビジョンを出した経済産業省「未来人材会議」にも取り上げられた手法にもなっています。その詳細を語っていただきました。

IT人材ニーズの高まりから即戦力人材の獲得が急務

大学学士課程でのIT教育について分析

 

産業界のIT人材については、10~20年くらい前までは、地頭のいい学生を採用し教育は企業で行うといった終身雇用を前提とした考えが主流でした。しかし近年は若者の離職率の増加やDX(デジタルトランスフォーメーション)などを背景にIT人材の需要が一層高まり、産業界では即戦力人材の獲得に迫られるようになっています。

 

産業界からはイノベーションを起こす上で必要となる、意欲、姿勢、汎用的能力が重要との指摘もありますが、これらの能力を身につけるには、主に大学の研究室やゼミにおける研究活動が有効だと考えられます。一方、専門的知識は通常の授業で獲得されると考えられることから、今回は学士課程の授業科目について分析しました。

 

IT業務に係る科目履修ニーズによる社会人の人材群と

学生の履修パターンをクラスター分析 

 

IT人材のニーズが高いものの、大学等高等教育(以下、大学)でITの専門教育を受けた人材の輩出は追いついておらず、そのギャップは広がりつつあります。そこでギャップを縮めていくためにどのようなアクションを起こすべきかを調べるために、内閣府の「令和3年度科学技術基礎調査等委託事業「産業界と教育機関の人材の質的・量的需給マッチング状況調査」の結果から、業務を行う上で履修することが重要な科目を抽出し、大学では、それらの科目がどのように履修されているかを分析しました。

 

具体的には、この調査で実施された社会人アンケートで「情報関連業務に従事している」と回答した人を対象に、どのような科目の履修が重要と考えるかを最大5科目選択してもらい、3科目以上を選択回答した3,891人を対象に回答科目の組み合わせによるクラスター分析を行いました。クラスター分析とは、膨大なデータの中から、似た傾向をもつものをグループに分ける分析手法です。

 

その結果をヒートマップにしたのが<図1>です。表の1行目は、左から「重要」との回答が多かった科目順になっており、表の左のクラスター名は、上から、情報学部出身者の割合の高い順になっています。各セルには、クラスターごとにその科目を重要と回答した率を表示しました。

 

表を見ると、例えば、クラスターNo.1は257名の社会人から構成され、このクラスターに属する人の99%がソフトウェア工学を、56%がプログラミングを重要な科目と認識していることがわかります。また、回答者の主な職種・業務領域はアプリ開発です(以下、社会人の人材群クラスターを「社会人クラスター」と表記)。

 

図1 産業界におけるIT関連の業務を遂行する上で重要な履修科目の人材群クラスターおよび各科目の履修が業務上重要と考える回答率の関係

(※図をクリックすると拡大します/以下同)

 

次に、(株)履修データセンターから大学卒業見込みの就活生約12万人の匿名化された履修履歴データの提供を受け(注)、情報関連業務に従事する人が「業務上重要」と回答した科目の中から3科目以上履修した学生(33,514人)を抽出し、これらの学生の履修履歴の組み合わせ、すなわち履修パターンについてクラスター分析を行いました<図2>。

 

<図2>の横軸の科目の並び順は<図1>と同じです。表の左のクラスター名は、上から、情報関連履修科目数の多い順になっています。

 

表を見ると、例えば、学生の履修パターンのクラスター(以下「学生クラスター」)No.1は218名の学生から構成され、このクラスターに属する者の95%がプログラミングを、87%がデータベースを履修していることがわかります。

 

図2 IT関連業務を遂行する上で重要となる科目に係る履修パターンのクラスターおよび科目履修状況の関係

 

 

社会人クラスターと学生クラスターを比較分析

IT人材が重要と考える科目の学生の履修状況に課題 

 

<図1>と<図2>のヒートマップを比較することで、IT人材の需要と供給の関係についてさまざまな考察することができますが、今回は、次の3つの観点で考察しました。

 

1つ目の観点として、各クラスターの人数構成比に着目して、需要と供給の構造の違いを比較しました。<図1>で社会人クラスターの人数構成比を見ると、各クラスターはそれぞれ3%~12%の人数比で構成されており、クラスター間の差はそれほど大きくありません。また、科目の履修ニーズを見ると、クラスターNo.14(人数構成比12.1%)は情報関連科目の履修ニーズがどの科目も低く、それ以外のクラスターは特定の科目のニーズが高いことがわかります。

 

次に<図2>の学生のクラスターを見ると、情報関連科目の履修数の多いクラスターに属する学生は、社会人クラスターの履修ニーズの多くを満たしています。しかし人数構成比を見ると、情報関連科目の履修科目数が多いクラスターNo.1~10では1%程度と小さく、他方情報関連科目の履修科目数の少ない、クラスターNo.15およびNo.16の人数構成比を合計すると全体の50%以上を占めます。また、履修ニーズを満たす社会人クラスターを見ると、クラスターNo.14を除き存在しません。

 

2つ目の観点として、昨今話題となっている「人工知能」に係る科目に着目して、人材の需要と供給の関係を見ました。

 

<図3>は社会人の履修ニーズと学生の履修状況を対比したものですが、上の赤のヒートマップを見ると、産業界は社会人クラスターNo.13が「人工知能」科目が「業務上重要」と認識していますが、その他の社会人クラスターは「重要」と認識していません。さらに注目されるのは、クラスターNo.13とNo.14はともに「データ集計・可視化」が主な業務ですが、「一般営業事務」を主な職種とするNo.14は「人工知能」を「業務上重要」と認識していないという点です。

 

近年産業界において、DX(デジタルトランスフォーメーション)の導入が進む中、様々なデータを収集・分析して経営戦略に役立てるようになっています。クラスターNo.13とNo.14の人材がその業務に携わっていると考えられますが、No.14は「一般営業事務」としてデータ収集やデータクレンジング等の集計業務を行い、No.13は「人工知能」をツールとして活用しつつ分析・可視化の業務を行うといった役割分担が行われているのではないかと考えられます。

 

次に、<図10>下の緑のヒートマップで学生の履修状況を見ると、学生クラスターNo.1やNo.6の「人工知能」科目の履修率が特に高くなっています。ほかにも「人工知能」科目が履修されているクラスターはありますが、これらのクラスターに属する学生の人数構成比はどちらも小さく、産業界の履修ニーズの規模に対して履修学生の規模が見合っていないことがわかります。

 

図3 社会人の人材群クラスターにおける科目履修ニーズおよび学生の履修パターンのクラスターにおける科目履修状況の対比(「人工知能」の科目に係る状況をハイライト)

 

 

3つ目の観点として、社会人クラスターの履修ニーズの科目の組み合わせに着目し、学生の履修の状況との関係を見ました。<図4>は、社会人の履修ニーズ(上の赤のヒートマップ)と学生の履修状況(下の緑のヒートマップ)を比べたものです。

 

赤のヒートマップを見ると、社会人クラスターNo.11の主な職種・業務領域は「コンテンツ制作・編集」で、「Web技術」が業務上重要な科目となっています。この他の科目では、「デザイン学」の重要性が他の社会人クラスターより高くなっています。

 

「Web技術」と「デザイン学」の2つの科目について、緑のヒートマップで学生の履修の状況を見ると、「Web技術」は学生クラスターNo.5が多く履修している一方、「デザイン学」は学生クラスターNo.14と、異なるクラスターで履修されています。すなわち、産業界のIT業務では、「Web技術」は「デザイン学」とセットで学ぶことが求められているのに対し、大学ではほぼ別の学科で教育されており(学生クラスターNo.5は情報学科が主な学科、No.14は社会学系や建築学系が主な学科)、両方の科目を履修している学生は非常に少ない状況です。

 

図4 社会人の人材群クラスターにおける科目履修ニーズおよび学生の履修パターンのクラスターにおける科目履修状況の対比(「web技術」および「デザイン学」の科目に係る状況をハイライト)

 

 

以上の3つの観点から、産業界のIT関連科目の履修ニーズと学生の履修状況との間にはいくつかの種類のギャップがあることがわかりました。これらのギャップを小さくしていくためには、まずはIT関連の教育が充実している情報関連学部学科の定員を拡大することが有効だと考えられます。

 

一方で、例えば産業界の「人工知能」に関する学びニーズの多くは人工知能をツールとして活用するスキルであり、必ずしも情報学科で提供するような専門的で充実したカリキュラムによらなくても、産業界が求めるスペックを満たした人材を育成することはできるでしょう。

 

また、産業界の人材ニーズにマッチした教育を充実させるためには、産業界で求められる科目履修の組み合わせを意識したカリキュラムのあり方を検討するのが有効でしょう。

 

将来は高度なITスキルが必要な業務ほど

高度化が一層進み、人材も不足すると展望 

 

続いて、近い将来のITスキルニーズの動向について見てみました。社会人アンケートの中で、現在従事している業務は近い将来(3-10年以内程度)に不足すると認識しているか(「不足感」)、従事している業務は領域の拡大、業務の質の高度化が生じると考えているか(「高度化」)を聞いており、これらの問いに対する回答を社会人クラスターごとに集計してマッピングしたのが<図5>です。

 

クラスターの配置を見ると、将来における業務の「高度化」と人材の「不足感」には概ね正の相関関係が見られます。例えば、クラスターNo.1(アプリ開発(ソフトウェア工学))やNo.3(アプリ開発(アルゴリズム))は、今後業務が「高度化」し人材の「不足感」も高まっていくと認識されています。一方で、クラスターNo.11(コンテンツ制作・編集)やNo.14(データ収集・可視化(一般営業事務))は、業務の「高度化」、人材の「不足感」ともに相対的に低いと認識されています。

 

また、情報学科出身者比率が低いクラスターNo.13およびNo.14に着目すると、業務内容は「データ集計・可視化」と共通しているにもかかわらず、「人工知能」の学びニーズが高いNo.13は業務の「高度化」も人材の「不足感」も比較的高い一方、「一般営業事務」に携わるNo.14は双方の値が低く、将来の人材ニーズの高まりの認識に大きな違いが見られました。

 

図5 社会人の人材群クラスターの違いによる将来の業務の「不足感」、「高度化」の関係

 

 

IT科目履修の差が年収差につながっておらず

IT人材の処遇の改善も課題 

 

次に視点を変えて、産業界はIT人材にどのような処遇をしているかを見てみました。<図6>は、社会人アンケートの回答者に対して年収を聞いた結果から、社会人クラスターごとに平均年収を算出したものです。クラスターのNo.1とNo.13の平均年収が650万円超と少し高めですが、その他のクラスターは平均年収が550万円前後とほとんど差がみられません。また、クラスターNo.14はすでに述べたとおり情報関連の科目の履修ニーズの特徴がほとんど見られませんが、クラスターNo.14の平均年収も他のクラスターと差がみられず、学生のIT系科目の履修状況と年収の関連性は非常に低いと考えられます。

 

図6 社会人の人材群クラスターごとの年収水準の平均値

 

 

社会人の人材群クラスターの近い将来における「不足感」および「高度化」との関係を見るために<図5>と<図6>を対比すると、ざっくりとした傾向ですが、「高度化」が高い社会人クラスターNo.1およびNo.13の平均年収が高くなっています。その一方で、「不足感」と社会人の人材群クラスターの平均年収の関連性は見られません。このことから、産業界は業務の「高度化」に応じて平均年収を高くする傾向が一部見られるものの、「不足感」が必ずしも平均年収に影響していないと考えられます。

 

大学等高等教育機関からのIT人材輩出数の増加とともに

教育カリキュラムの見直しが重要 

 

以上をまとめると、近年DX導入ニーズの高まりなどを背景に産業界のIT人材のニーズは高まっていますが、大学側のIT人材の輩出は追いついていません。このため、情報業種では、大学で情報関連科目をあまり履修していない人からの採用を増やしています。

 

このような質的な面での採用のミスマッチを小さくする対策としては、大学は学部学科定員の見直しによって産業ニーズに見合った学生の輩出数を増やしていくことに加え、産業界の人材育成ニーズに合うようにカリキュラムを見直していくことが大切だと考えられます。

 

他方産業界は、従業員に対するリカレント教育を充実させていくこに加え、大学等で受けた専門的な教育を仕事に活かせることと仕事のやりがいの間に正の相関関係があることを考慮に入れると、大学に対して、産業界で必要な知識・スキルを具体的に伝えていくことが求められるでしょう。

 

学生に対しても、選択科目を決める場面で産業ニーズに合った科目の履修を促すことができれば、大学のカリキュラムや定員設定で対応しきれない場合に有効だと考えられます。このためにも、産業界は必要とする人材育成ニーズを大学や学生に具体的に示すとともに、給与など処遇面でも対応していくことが重要でしょう。

 

こうした対策を実現させるためには、まず、産業界の人材ニーズについて、求められる知識・スキル、それらをもつ人材の需要状況、大学からの人材輩出状況、産業界での処遇状況が可視化され、大学、産業界、学生の3者で共有されることが大切です。さらに、政策立案を担う関係省庁、産業界、大学等教育機関等の関係者が改善に向けた取り組みを推進していくことが求められます。また、産業界の人材ニーズの経年変化を追えるようにすることも必要で、これによって関係者の迅速な対応が可能となります。

 

現在、内閣府では産学の人材需要と育成状況に係る必要なデータを経年的に収集、分析しており、その結果が、Webサイト「e-CSTI」で順次公開されつつあります。ここでお話しした内容も、e-CSTIのデータを経産省が活用して分析したものです。

 

さらに、近年EBPM(Evidence based Policy Making)の必要性が叫ばれており、政策立案を担う関係省庁も、時系列のエビデンスデータを活用しながら、迅速に政策を変化させていくべきという議論が内閣官房行政改革推進事務局でなされています。このような取り組みが今後さらに加速され、我が国の人材育成環境が改善されていくことを強く期待しています。

 

 

注: (株)履修データセンターでは就活活動時に応募企業・入社企業に応募者の履修履歴データを送付するための仲介を行っている。同センターは、学生個人の許諾を得た上で、社会的な利用に関しては、個人情報を秘匿した全体データを無償で提供する事業を実施しており、内閣府調査もそのデータを許諾を得て使用した。

 

※:宮本氏の分析の詳細については、宮本岩男.産業界における人材ニーズと大学における人材供給の関係の見える化の試み― 内閣府e-CSTIデータ基盤を活用したIT人材についての分析 ―, J-STAGE研究 技術 計画,2022年37巻2号をご参照ください。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsrpim/37/2/37_144/_article/-char/ja/

※記事中の出典が記されてない図は、内閣府のe-CSTIデータ(令和3年度科学技術基礎調査等委託事業「産業界と教育機関の人材の質的・量的需給マッチング状況調査」)を基に経済産業省が作成したものです。

 

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