「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」報告
博士人材の確保とリーダー人材育成について
~八大学工学系連合会提言
伊藤紳三郎先生 八大学工学系連合会 会長/京都大学工学研究科長
(第4回「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」より)
八大学工学系連合会というのは、わが国の工学系8大学(※)25研究科の学部長・研究科長が集まり、教育・研究・運営のあり方について共通の課題を議論し、認識を共有するとともに、産官学の対話を促進しつつ、各方面にメッセージを発信するということを目的として活動しております。すでに60年あまりの歴史がある工学部長会議です。
※北海道大学/東北大学/東京大学/東京工業大学/名古屋大学/京都大学/大阪大学/九州大学
毎年、8大学としての提言をとりまとめておりますが、昨年度は博士人材の問題に焦点を当てて提言をまとめました(下図参照)。
現在、わが国には、博士人材の活躍の場が広がっていかないという課題があります。その理由として、優秀な学生が博士課程に進学しない。苦労して博士学位を取っても、産業界において博士のキャリアパスが見えてこない。その結果、博士課程への進学率が上がらず、優秀な人材を大学が輩出できないという悪循環に陥っていると思います。これをなんとか、下図のように、プラスの正循環に変えたいというのが願いです。
どこから始めるかが最大の問題ですが、大学がなすべき取り組みとしては、まずは、優秀な学生が修士で就職するのではなく、博士課程に進学する取り組みを強力に進めていきたいと思います。その際、単に進学を勧めてもダメでしょうから、魅力あるリーダー育成プログラムの設計と実行をはかりたいと考えます。産業界の方にも、共同研究のテーマから学術的な要素を抽出して、博士課程の学生が研究テーマとして当たれるような、学から産への応用転換力を養成するようなテーマをお願いしたいと思っております。それから、博士インターンシップの充実をはかります。また、政府・産業界の方には、博士課程学生に対する給付型奨学金、授業料免除、TA(ティーチング・アシスタント)・RA(リサーチ・アシスタント)としての雇用等、手厚い経済的支援の実施をお願いし、また最後に、産業界の皆さまには、博士課程修了者の採用数の増加、それからイノベーションの創出マインドの醸成につながるような、明るいキャリアパスの確保をぜひお願いしたいと思っております。大学のみでできることではありませんので、各方面のご理解とご協力が、今ぜひとも必要であります。
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わが国の博士人材は、不足状態にあります(下図)。左側は博士学位取得者数について、国の経済規模の観点から回帰分析した結果です。横軸のGDPに対し、博士数を見ますと、日本の理工系博士取得者数はかなり下の方にあり、回帰線から半分程度とかなりかけ離れております。また、右図は、理工系博士号取得者数の推移を見たものです。多くの国は、1人当たり実質GDPの増加、つまり経済成長を反映して博士数が増加しているのに対して、わが国の博士数は伸びが見られないという日本が特殊な状況にあると言えます。
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八大学において工学を修める学生のフローをまとめました(下図)。学部で約8000名、修士課程にも約8000名の学生が在学しております。博士課程には、約2200名の学生がおりますが、問題は、修士から博士への内部進学率がせいぜい10%程度、800名程度にとどまっているというところにあります。欧米の主要大学においては、大学院生の半数近い学生が博士、Ph.Dの取得を目指すという現実を考えますと、わが国の工学研究の中核を担うべき八大学工学系において、博士課程への進学率は相当低いレベルにとどまっていると言えます。
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私が所属します京都大学工学研究科の博士課程を見ても、入学者数は留学生編入者を除き、どれも減少傾向にあります(下図の左表参照。今年2015年度の入学者数と、最近5年間の入学者の平均値を比較)。現在、日本人の内部進学が3分の1、外国人留学生が3分の1、社会人他の編入学と欠員で3分の1という状況(円グラフ参照)です。少なくとも博士課程では、国際化は十分に進んでいます。これ以上増やしますと、日本の大学の先端技術を支える博士研究、人材育成が、外国人主体になりかねません。大学の研究を支え、大きく貢献してくれているのは、3分の1の内部進学者で、私どもは内部進学者のこの貢献に対して十分に報いていないという印象を強く持っております。
一方、米国では、博士人材の多くが学術界・産業界を問わず、種々の職業で幅広く活躍していることから、産業の研究開発能力・競争力を支えているように感じます。また、博士人材の多くが幅広く活躍していることは、年収を見てもわかります。博士学位取得者(理工系)は、修士修了生と比べて、取得後30年で年収が1.5倍程度になっているというデータもあり、注目すべきエビデンスと思われます。博士学位が社会でのキャリアアップに有利に働くよう、そのための能力を高めていく仕組みが博士教育の課程の中に組み込まれていると思われます。
日本でも、社会・大学、さらに学生自身の認識も含め、博士人材はイノベーションの担い手であるということを再認識して、大学においては博士教育プログラムの中にその要素を取り入れていくべきであり、産業界との共同研究の軸の上で行うことが有効な施策ではないかと思います。
博士課程の学生に対する経済支援は、国により大きな違いがあります。下図は、横軸に経済支援を受けている学生の割合、縦軸に大学の学費を示したものです。欧州の場合は、そもそも学費が安い上に、北欧では多くの学生が各種奨学金を受給しております。一方、右上にあるアメリカでは授業料が高いことは有名ですが、その分、各種奨学金の受給率、受給額も高く、支援が強化されています。こうして見ますと、日本の状況はやはり異質で、学費は高い、経済支援は少ないという厳しい状況に博士課程の学生が置かれていることは明らかです。しかも、その支援は、返済義務のある貸与型奨学金(教育ローン)であるというのも課題であると思います。
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アメリカでは多くの大学院学生が、給付型奨学金、RA(リサーチ・アシスタント)等の給与により、返済義務のない生活費相当分の支援を受けています。一方、日本では、学費・生活費の心配なく学業に専念できる学生は、JSPS特別研究員など少数に限られ、TA(ティーチング・アシスタント)・RAの給与は生活を支えるには程遠いものです。大学の学費免除額でも大きな差があります。従って、日本では、25歳になっても親の支援を受けて博士課程を続けるケースが多く、学生に自立できない精神的な負担を強いています。これが進学率低下の一つの大きな要因となっていると考えています。
ご存じのように欧米では、公的研究費や産業界からの研究費の多くが、大学の研究室に流入し、そこで大学の博士課程学生を研究者として雇用し、生活支援に活用されています。わが国においても、奨学金システムの充実および研究費を活用した博士課程の合理的で手厚い支援について、真剣に検討し着手すべきであると考えております。
最後に、もう一度、提言について述べますと、下図(再掲)にあります正循環を回すことは非常に重要ですが、大学のみでは実現できません。社会のニーズと博士人材に期待される役割を徹底的に考える場を産官学連携して構築していただき、博士課程教育改革を推進していきたいと考えております。また、円卓会議では、教育問題ですから短期的な視点ではなく、20年先の社会を見据え、労働人口が6000万人から5000万人に減少していく中で、産業を維持発展させるために必要な博士人材の質・量・多様性など、深い議論がなされ、大学にもご提示いただくことを望みます。
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参考:
一般社団法人八大学工学系連合会
http://8ueaorg.sub.jp/
提言
http://8ueaorg.sub.jp/wp-content/uploads/2015/05/report20150513.pdf